2015年3月8日日曜日

ヴリッディ (वृद्धिः [vṛddhiḥ])

パーニニ・スートラのイの一番、おめでたい最初のスートラです。

1章1節第1スートラ

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[संज्ञासूत्रम्] 1.1.1 वृद्धिरादैच् ।
वृद्धिः 1/1 आत् 1/1 ऐच् 1/1
[सिद्धान्तकौमुदीवृत्तिः] आत् 1/1 ऐच् 1/1 0  वृद्धिः 1/1 स्यात् III/1 
The long आ and ऐच् (ऐ  andऔ) are called वृद्धिः.

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私が現在執筆している教科書のフォーマットです。


スートラの意味


日本語に翻訳すると、

ヴリッディとは、長音の”アー”と、”アイ”、そして”アウ”の3つの音の名前である。」

となります。つまり、

ヴリッディ = アー”、”アイ”、”アウ

簡単ですね。

これら3つの音を、ヴリッディと呼ぶのです。


スートラでは、”アイ”と”アウ”を共にプラッティヤーハーラにして、

「aic(アイチ)」と呼んでいます。


名前とその意味


名前(name)には必ずその意味(named)があります。

それらの関係を示すのが、スートラの機能の一つです。

このスートラでは、

名前(name):ヴリッディ

その意味(named):”アー”、”アイ”、”アウ

という訳ですな。


全ての名前には必ず用途があります。

これって、とても哲学的ですね。


まぁ、それは置いといて、ここでは、

ヴリッディという名前は、サンディ(連音)のルールや、

接尾語を付けたときの基幹の変化のルールにおいて使われます。



大事なのは、ヴリッディとは、3つの音の名前であるということです。

アントワンなど、西洋のサンスクリット学者の著書や、

それの焼き直しの日本語の著書では、

ऋ, ॠ, ऌ の音のヴリッディは、आर्, आल् と教えていますが、

それは間違いですね。

「आर्, आल्」という音は、ヴリッディとして定義されていないのですから。

これらのヴリッディの音は、「アー(आ)」です。

もうひとつのルール、1.1.51 उरण् रपरः । というスートラで、

ヴリッディの音は、「アー(आ)」の最後にRやLが付くのです。

そんなことどうでもいいじゃん、と思う脳みそではパーニニは勉強出来ないし、

パーニニの構造がなければ、その構造を脳みそに持ったバーシャカーラの勉強が出来ません。

実際、アントワンでサンスクリットを勉強した人にパーニニ文法を教えるのは大変です。

パーニニとは逆のオリエンテーションで、考えがコンディションされているからです。

「どうでもいいじゃん」という思考態度(スワミジの言うパジャマ・ティンキング)

を改める為にパーニニの勉強をしているのですよ。


ヴリッディという言葉の意味


文法用語としてではなく、サンスクリット言語で通用している意味では

ヴリッディとは「繁栄」という意味です。

家に新しい子供が生まれたときには、今でもインドではヴリッディと言います。


この言葉を、スートラのイの一番に、しかも、最初の言葉に持ってきたには、

「この知識が繁栄しますように」という願いが込められているのです。

ハヌマーンジーは、9つの文法システムを知っていました。

パーニニ文法はその9つのうちの一つにすぎません。

しかし、他の8つは時代の流れと共に消えてしまいました。


スートラは短さが命ですから、祈りの詩などを含めている場合ではありません。

しかし、伝統では祈りの詩のないような文献は研究に値しないと言われています。

そしてもうひとつ、命名スートラの場合、名前はスートラの最後に示されるのが通例になっています。

パーニニは、意図的に「ヴリッディ」という言葉を前に持ってきて、

祈りの詩を暗示したのです。


この伝統の知識を受け継ぐ人々が安心して勉強出来る、平和な社会であり続けますように。

शान्तिः शान्तिः शान्तिः ॥